はちみつというと、パンやヨーグルトにかけたり、砂糖の代わりに使ったりする「食品」というイメージが一般的です。
ところが、オーストラリアでは、はちみつを利用した医療用製品がすでに実用化されています。
さらに近年、オーストラリアに生息する「針なしミツバチ(ハリナシミツバチ)」が作るはちみつについても、その強い抗菌性に注目した研究が進んでいます。
興味深いのは、すでに医療利用されているマヌカハニーと、針なしミツバチのはちみつでは、抗菌性を生み出す仕組みに違いがあると考えられていることです。
今回は、医療用はちみつの現状と、針なしミツバチのはちみつの抗菌性について、日本で行われてきた研究も含めて紹介します。
オーストラリアでは「医療用はちみつ」がすでに使われている
「はちみつを傷に使う」と聞くと、昔ながらの民間療法のように感じるかもしれません。
しかしオーストラリアでは、はちみつを原料とする創傷ケア用の製品が、医療機器として実際に登録されています。
オーストラリア政府のTherapeutic Goods Administration(TGA)の登録情報を見ると、「Medical-honey liquid barrier dressing(医療用はちみつ液状バリアドレッシング)」などが医療機器として登録されており、2012年から登録されている製品も確認できます。
ニュージーランドでも、マヌカハニーを使用した創傷被覆材は医療機器として扱われています。
食用のはちみつをそのまま傷に塗るわけではない
ここでいう「医療用はちみつ」は、スーパーなどで販売されている食用のはちみつを、そのまま傷に塗るという意味ではありません。
医療用途向けに品質管理され、必要な処理を行ったはちみつを、ドレッシング材やジェルなどに加工した製品です。
その代表的な原料として知られているのが、マヌカハニーです。
なぜマヌカハニーには強い抗菌性があるのか
そもそも、はちみつには一般的にある程度の抗菌性があります。
糖濃度が高いことによる浸透圧、低いpH、さらに酵素反応によって生成する過酸化水素などが、微生物の増殖を抑える要因になります。
しかし、マヌカハニーにはそれだけでは説明できない、特徴的な「非過酸化物型」の抗菌活性があります。
鍵になるのはメチルグリオキサール(MGO)
マヌカハニーの特徴的な抗菌性に大きく関係しているのが、「メチルグリオキサール(MGO)」という成分です。
ただし、マヌカの花蜜の中に最初から大量のMGOが存在するわけではありません。
マヌカ(Leptospermum scoparium)の花蜜には、「ジヒドロキシアセトン(DHA)」という物質が含まれています。
ミツバチがこの花蜜を集め、はちみつとなって熟成・保存される過程でDHAからMGOが生成されます。2009年の研究では、マヌカの花蜜にはDHAが多く含まれる一方、MGOは検出されず、蜂蜜として保存する過程でDHAが減少するとともにMGOが増加することが確認されています。
つまり、マヌカハニーの特徴的な抗菌性は、蜜源となるマヌカという植物の性質に大きく由来しているわけです。
同じセイヨウミツバチ(Apis mellifera)が作るはちみつでも、どの植物の蜜を集めたかによって抗菌活性が大きく異なる理由の一つです。
針なしミツバチのはちみつの抗菌性は何が違う?
ここで興味深いのが、針なしミツバチのはちみつです。
2025年、シドニー大学などの研究グループが、オーストラリアに生息する3種類の針なしミツバチ、
- Tetragonula carbonaria
- Tetragonula hockingsi
- Austroplebeia australis
が作るはちみつについて研究結果を発表しました。
過酸化水素だけでは説明できない抗菌性
研究では、黄色ブドウ球菌や大腸菌などの細菌や真菌に対する抗菌活性が調べられ、調査した針なしミツバチのはちみつで強い抗菌活性が確認されました。
さらに重要なのが、過酸化水素による作用を取り除いた後にも抗菌活性が残ったことです。
これはマヌカハニーにも見られる「非過酸化物型」の抗菌活性ですが、その由来はマヌカハニーとは異なる可能性があります。
シドニー大学によると、オーストラリアの針なしミツバチのはちみつでは、採取場所や蜜源が異なる試料でも比較的一貫して抗菌活性が確認されました。
研究者は、マヌカハニーの抗菌性が特定のLeptospermum属植物の蜜源に大きく依存するのに対し、針なしミツバチの場合は、蜜源だけでなく「ミツバチそのもの」に何らかの重要な要因がある可能性を指摘しています。
熱を加えても残る抗菌活性
今回の研究では、加熱処理を行った後にも抗菌活性が残ることが確認されています。
一般的なはちみつでは、抗菌性に関係する過酸化水素が加熱によって失われやすいのに対し、針なしミツバチのはちみつでは非過酸化物型の抗菌作用が残りました。
また、長期間保存した試料でも抗菌活性が確認されたことから、医療用途の可能性を検討する上でも興味深い性質とされています。
ただし、現時点で抗菌作用の原因となる物質やメカニズムが完全に解明されたわけではありません。
日本でも2000年代から研究されてきた
針なしミツバチのはちみつの抗菌性は、2025年になって初めて発見されたものではありません。
実は日本でも20年ほど前から研究が行われています。
農研機構が2006年度に抗菌性を報告
農研機構(当時の畜産草地研究所)は2006年度の研究成果として、「ミツバチ蜜とは異なるハリナシミツバチ蜜の持つ特異な抗菌性」を発表しています。
15種の針なしミツバチを調べた研究では、一般的なミツバチのはちみつと比較して強い抗菌活性を示す試料が確認され、さらに黄色ブドウ球菌など複数の細菌に作用する広い抗菌スペクトラムも報告されています。
さらに、高い糖濃度、低いpH、過酸化水素という一般的なはちみつの抗菌要因を取り除いても、強い抗菌活性が残りました。
つまり、日本の研究でもすでに「普通のはちみつとは異なる抗菌性」が確認されていたのです。
「蜜ポット」に秘密がある?
農研機構の研究では、その理由として針なしミツバチ特有の巣の構造に注目しています。
セイヨウミツバチなどは、主に蜜蝋でできた巣房にはちみつを貯蔵します。
一方、多くの針なしミツバチは、植物から集めた樹脂などを利用したプロポリスを含む材料で、壺のような形をした「蜜ポット」を作り、その中にはちみつを貯蔵します。
農研機構は、プロポリスに含まれる抗菌性成分が蜜ポットからはちみつへ移行することが、強い抗菌性の一因ではないかと考察しています。
つまり、
マヌカハニーでは「どの植物の蜜を集めるか」が大きな鍵になるのに対し、針なしミツバチでは「どのような蜂が、どのような巣ではちみつを作り保存するか」も重要なのではないか
という違いが見えてきます。
もちろん、針なしミツバチのはちみつにも蜜源植物由来の成分が含まれるため、「すべて巣材による」と単純に説明することはできません。
現在も、そのメカニズムの解明が続いています。
金沢大学なども2007年に研究
2007年には、金沢大学と農研機構の研究者らが、さまざまな種類の針なしミツバチのはちみつについて研究結果を発表しています。
黄色ブドウ球菌、腸球菌、大腸菌、緑膿菌に対する抗菌活性が確認され、過酸化水素によらない抗菌作用も報告されました。
研究対象となった試料の中には、マヌカハニーと比較しても強い抗菌活性を示したものがあったとされています。
ただし、針なしミツバチには非常に多くの種類があり、産地や蜜源も異なります。
ある種類の針なしミツバチのはちみつで得られた研究結果を、別の種類のはちみつにそのまま当てはめることはできません。
もう一つの特徴、「トレハルロース」とは?
針なしミツバチのはちみつについては、抗菌性とは別に、近年非常に興味深い発見がありました。
「トレハルロース(trehalulose)」という糖です。
「トレハロース」とは別の糖
名前がよく似ていますが、食品などに広く使われている「トレハロース(trehalose)」とは別物です。
トレハルロースは、ブドウ糖と果糖が結合した二糖類です。
砂糖(ショ糖)もブドウ糖と果糖からできていますが、結合の仕方が異なります。
2020年にScientific Reportsに掲載された研究では、オーストラリア、マレーシア、ブラジルの5種類の針なしミツバチのはちみつを分析したところ、トレハルロースが100gあたり13~44g含まれていることが確認されました。
それまで別の糖と考えられていた成分が、実はトレハルロースだったことも明らかになりました。
トレハルロースはショ糖より小腸でゆっくり分解され、低いグリセミック指数(GI)を持つ糖として研究されています。
ただし、この研究もすべての針なしミツバチを調べたものではありません。
世界には500種を超える針なしミツバチが存在するとされており、すべての種類のはちみつに同じ量のトレハルロースが含まれていることが確認されているわけではありません。
2024年、オーストラリアで専用の食品規格が誕生
オーストラリアの針なしミツバチのはちみつをめぐっては、2024年にもう一つ大きな動きがありました。
Food Standards Australia New Zealand(FSANZ)が、「Native bee honey」の専用食品規格を新設したのです。
それ以前は食べられなかったわけではない
ここは少し分かりにくいところです。
オーストラリアでは針なしミツバチのはちみつは古くから食べられており、すでに商品としても流通していました。
問題は、従来の食品規格の「honey」の定義でした。
従来の規格は、主にApis属の一般的なミツバチが作るはちみつを想定していました。
さらに針なしミツバチのはちみつは、一般的なはちみつより水分が多く、糖組成も異なるため、従来のはちみつの組成基準に合わないものがあります。
FSANZ自身も、オーストラリア在来の針なしミツバチのはちみつは、従来の「honey」の定義には当てはまらないと説明しています。
そこで2024年7月、新たに「Standard 2.8.3 – Native bee honey」が設けられました。
トレハルロースも食品規格の基準に
新しい規格では、「Native bee honey」を、オーストラリア在来のTetragonula属またはAustroplebeia属の針なしミツバチが花蜜から作ったものと定義しています。
さらに、
- 還元糖:50%以上
- 水分:28%以下
- トレハルロース:2%以上
という組成基準も定められました。
特に興味深いのは、先ほど紹介した「トレハルロース」が、針なしミツバチのはちみつを特徴づける成分として食品規格にまで採用されたことです。
したがって、「2024年に初めて食品として認められた」というよりも、以前から食べられ、販売もされていた針なしミツバチのはちみつに、専用の定義と品質基準が設けられたと考える方が実態に近いでしょう。
針なしミツバチのはちみつが医療用になる日は来る?
では、針なしミツバチのはちみつも、将来マヌカハニーのように医療分野で使われるようになるのでしょうか。
可能性は研究されていますが、現時点ではまだ研究段階です。
シドニー大学の2025年の研究でも、薬剤耐性菌そのものを使った試験はまだ行われていません。研究チームは今後、非過酸化物型の抗菌活性が何によって生じているのか、さらに研究する必要があるとしています。
また、実用化するとなれば、抗菌活性の標準化、安全性、製品としての品質管理、臨床試験なども必要になります。
生産量も課題です。
シドニー大学によると、オーストラリアの針なしミツバチの場合、一つの巣箱から年間に採れるはちみつは約0.5リットル程度とされています。
大量生産には向きませんが、その希少性を含め、少量・高付加価値の商品としての可能性が注目されています。
マヌカハニーでは「マヌカという植物」が特徴的な抗菌性を生み出す重要な役割を担っているのに対し、針なしミツバチでは、蜂そのものや巣材、はちみつを貯蔵する方法まで関係している可能性があります。
まだ分からないことが多いからこそ、今後の研究が楽しみなはちみつでもあります。
藤野良品店の針なしミツバチのはちみつについて
藤野良品店でも、タンザニア・キリマンジャロ山中腹の保護林で採蜜された針なしミツバチのはちみつを輸入・販売しています(冒頭の写真はタンザニアの針なしミツバチの巣箱)。
藤野良品店が扱っているのは、学名 Meliponula togoensis というアフリカの針なしミツバチが作るはちみつです。粘度が低くさらりとしており、柑橘のような香りと爽やかな酸味があります。
今回紹介した2025年のオーストラリアの研究で対象となったTetragonula carbonaria、Tetragonula hockingsi、Austroplebeia australisとは別の種類です。また、今回紹介したオーストラリアの研究と同じ条件・方法で、藤野良品店が扱うはちみつの抗菌活性やトレハルロース含有量を検査したものではありません。
針なしミツバチのはちみつは、ミツバチの種類、産地、蜜源植物などによって成分が異なる可能性があります。そのため、この記事で紹介した研究結果が、藤野良品店が扱うはちみつにもそのまま当てはまるものではありません。
ただ、一般的なはちみつとはかなり違う、針なしミツバチならではの味や香りを実際に試してみたい方には、ぜひ一度味わっていただきたいはちみつです。
藤野良品店の「タンザニア・キリマンジャロ産 針なしミツバチのはちみつ」は、Amazonでも販売しています。
