能登の小豆やあおさ、北海道の山わさび、鹿児島の花岡胡椒、和歌山の柑橘、徳島のすじ青のり。

一見するとあまり共通点のない食材ですが、これらは実際にクラフトチョコレートに使われてきた地域の素材です。

その前に、この記事で使う「クラフトチョコレート」と「Bean to Bar(ビーントゥーバー)」という言葉について、簡単に説明しておきます。

Bean to Barとは、文字どおり「カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)まで」を一貫して作るチョコレートづくりのことです。カカオ豆を仕入れ、選別し、焙煎し、殻を取り除き、すり潰し、テンパリング(温度調整)して成型するところまでを自分たちの工房で行います。

「クラフトチョコレート」はもう少し広い意味で使われることもあり、両者は厳密には完全な同義語ではありません。ただ、この記事で取り上げるのは主に小規模なBean to Barの作り手なので、以下では分かりやすさを優先し、「クラフトチョコレート」と「Bean to Barチョコレート」をほぼ同じ意味で使います。

さて、そのクラフトチョコレート。

石川県金沢市のFILFIL CACAO FACTORYさんでは、能登小豆、加賀棒茶、能登産あおさ、能登塩などをチョコレートに取り入れています。札幌のSOIL CHOCOLATEさんでは、羅臼産の塩、北海道産韃靼そば、山わさびなどを使った商品を展開。鹿児島県鹿屋市のJAN CACAOさんでも、鹿屋産落花生、地元の緑茶、花岡胡椒、佐多岬の塩などがチョコレートになっています。

さらには、シンガポールのFossa Chocolateさんと日本のトモエサヴールさんが共同開発した「徳島コレクション」では、阿波晩茶、柚香・すだち、すじ青のり、食用藍までチョコレートになりました。

私たち藤野良品店でも、地元藤野の特産品である柚子を使ったチョコレートを作っています。

こうして見ていくと、クラフトチョコレートは単なる「ちょっと高級なお菓子」ではありません。

小さな地域にある素材、人、技術、文化を、一つの商品にまとめることのできる面白い媒体です。

そして実際にクラフトチョコレートに関わっていると、商品としての性質そのものが、地域で小さな事業を始めるのに向いていると感じることがあります。

小さく始めることができる

クラフトチョコレートの特徴の一つは、比較的小規模な設備と製造スペースから始められることです。

Bean to Barでは、カカオ豆を選別し、焙煎し、砕いて殻を除き、メランジャー(石臼のような道具)ですり潰し、テンパリング(温度調整)してモールド(型)に流します。

もちろんそれぞれに器具は必要ですが、最初から大規模な食品工場や連続生産ラインを建設する必要はありません。

焙煎は小型焙煎機やオーブンから始められます。テンパリングも少量なら手作業でできます。モールドも最初からオリジナルのものを作る必要はなく、市販品で十分です。

冷蔵庫や空調など温度管理の設備は必要ですが、最初は小さな製造スペースで少量から作り、売上が増えてから大きなメランジャーや自動テンパリング機を導入したり、オリジナルモールドを作ったりすることもできます。

つまり、

小さく作る → 売ってみる → 改良する → 売れたら設備を増強する

という段階的な投資が比較的しやすい食品なのです。

「簡単に作れる」という意味ではありません。おいしいチョコレートを安定して作るには、カカオ豆の状態を見ながら焙煎条件や磨砕時間を調整し、テンパリングも正確に行う必要があります。

ただ、「製菓学校を出て、有名店で何年も修業しなければスタートラインにも立てない」という世界でもありません。本格的なパティシエやショコラティエ出身の作り手もいれば、異業種からチョコレートの世界に入り、試作と研究を重ねて技術を身につけた作り手もいます。

地域に最初から専門家がいなくても、新しい作り手が生まれる余地があります。

小規模でも、大手と違う物差しで勝負できる

小さな地域で食品事業を始める際、大手企業と同じ土俵で価格競争をするのはかなり厳しいものがあります。

チョコレートでいえば、明治さんやロッテさん、グリコさんのような全国ブランドと、価格、生産量、知名度、広告宣伝力、流通網で真正面から戦っても、小さな工房に勝ち目はほとんどありません。

ところがBean to Barでは、競争する物差しを変えることができます。

カカオ豆の産地、品種、発酵、焙煎などによって生まれる味の違いを楽しんでもらうことができます。

そして、大量生産品のように「いつ買ってもまったく同じ味」に近づけることだけが価値ではありません。

もちろん、製造の失敗による品質のばらつきが許されるわけではありません。しかしカカオそのものには、産地や収穫、発酵などによる違いがあります。

ある豆にはベリーのような酸味があり、別の豆にはナッツやスパイスのような香りがある。

「違うこと」が欠点ではなく、「違うこと」自体が商品価値になる。

これは、大量生産ではなく少量生産をする小さな事業者にとって大きな強みです。

価格ではなく、品質、味、希少性、作り手の考え方で選んでもらうことができます。

少量しかない地域資源でも商品にできる

クラフトチョコレートと地域おこしの相性を考えるうえで、これは特に重要だと思います。

地域には、おいしかったり、珍しかったりするのに、生産量が少なすぎて大きな食品産業にはなりにくい素材があります。

年間100kgしかない特産品で、大規模なジュース工場を動かすのは難しいでしょう。

でも、チョコレート1枚に数グラム使うのであれば話は変わります。

500枚、1,000枚、数千枚という限定商品なら、原料が少ないこと自体がむしろ価値になります。

K型 chocolate companyさん(和歌山県白浜町)では、スタッフがタイ・チェンマイのカカオ農園を訪れた際に持ち帰った、わずか5kgのカカオ豆から限定チョコレートを作ったこともあるそうです。

地域資源についても同じことができます。

「量が少ないから産業にならない」を、「量が少ないから面白い」に変えることができる。

これはクラフトチョコレートの大きな特徴です。

地域の「食文化」までチョコレートにできる

地域素材というと、みかん、イチゴ、柚子などの果物を思い浮かべがちです。

でも、実際にはもっと自由です。

能登のあおさ、北海道の山わさび、鹿児島の花岡胡椒、徳島のすじ青のりや食用藍までチョコレートになっています。

JAN CACAOさんでは、鹿屋産の落花生を使うだけでなく、その落花生を育てる土づくりにチョコレート製造で出るカカオの殻を利用しています。

ここまで来ると、単に「地元の果物を入れたお菓子」ではありません。

その土地にある食文化を、チョコレートという別の形に翻訳することができる。

地域の人にとっては当たり前すぎて価値に気づかなかった素材を、チョコレートにすることで、地域外の人が「これは何だろう」と興味を持つこともあります。

新しい地域資源をゼロから発明する必要はありません。

すでにそこにあるものの見せ方を変えるだけで、新しい商品になる可能性があります。

味だけでなく、「形」やデザインにも地域性を入れられる

チョコレートは、モールドを変えれば商品そのものの形を自由に設計できる食品です。

鹿児島のkiitosさんでは、桜島をモチーフにした独自形状のチョコレートを作っています。モールドを作り直す際にも、桜島を表現する溝が深すぎれば割れやすく、浅ければ厚みや舌触りが変わるため、形と食べやすさの両方を考えて設計されています。

金沢のFILFIL CACAO FACTORYさんでは、地元のものづくり企業seccaさんとモールドを共同開発し、雨、太陽、水引などをモチーフにチョコレートの形そのものをデザインしています。

海外にも分かりやすい例があります。スイス・ツェルマットでは、Bäckerei Fuchsさんがマッターホルンをそのまま立体化したチョコレート「Matterhörnli」を地域土産として販売しています。

地域らしさを表現するのは、味だけではありません。

地域素材を「味」にする。

山や建物、文化を「形」にする。

地域のアーティストやデザイナーにモールドやパッケージを作ってもらう。

一つの商品に何層もの地域性を重ねることができます。

賞味期限が比較的長く、在庫を持ちやすい

小規模な食品事業では、「売れるか」だけでなく「売れなかったらどうなるか」も重要です。

パン、生菓子、惣菜などは、売れ残れば短期間で廃棄につながります。

一方、板チョコレートは水分が少なく、適切な条件で保管すれば比較的長い賞味期限を設定できます。

商品によってもちろん異なりますが、板チョコは生菓子などに比べて在庫を持ちやすい食品です。

観光客が土日に集中して平日は少ない地域でも、今日売れなかった商品を明日すべて廃棄する必要はありません。

秋冬の需要に備えて、あらかじめある程度製造しておくこともできます。

これは地味ですが、小さな地域ビジネスではかなり重要な特徴です。

ただし、夏には弱い

もちろん良いことばかりではありません。

チョコレートの最大の弱点の一つは夏です。

気温が上がると板チョコそのものが売れにくくなるうえ、品質を保つための温度管理が必要になります。通販ではクール便が必要になることも多く、配送コストも上がります。

ただし、クラフトチョコレートには逃げ道もあります。

夏にはチョコレート入りのクッキーやパウンドケーキ、チョコレートアイスやジェラート、カカオを使ったかき氷、冷たいチョコレートドリンク、パフェなどを作ることができます。

板チョコが売れにくい時期には別の商品を売り、板チョコについては秋冬に備えて製造しておく。

一年中同じ商品を同じように売るのではなく、季節によって商品構成を変えることができます。

自分の店だけで売らなくてもいい

クラフトチョコレートは小さく、陳列に大きな場所を必要としません。

そのため、自前の店舗だけでなく、コーヒー店、パン屋、土産物店、道の駅、農産物直売所、ホテルや観光施設の売店など、地域のさまざまな場所で販売できます。

地域素材を使っていれば、販売する店にとっても「なぜこの商品をここで売っているのか」が説明しやすくなります。

自分の店だけで100枚売ろうとするより、地域の10店舗に少しずつ置いてもらう。

人口の少ない地域では、こうした売り方が意外に重要です。

小さくて軽く、比較的日持ちがするため、ECやギフトとの相性も悪くありません。

また、地域の商品であれば、ふるさと納税という販路も考えられます。東京都青梅市のチョコレート工房ZENさんでは、世界各地のカカオを使ったBean to Barチョコレートが青梅市のふるさと納税返礼品になっています。小さな地域の工房の商品を、その地域を応援したい全国の人に届けることができるのも、地域発の商品ならではです。

もちろん夏場の配送には注意が必要ですが、「地域に来た人にしか売れない商品」にしなくてもよいのです。

板チョコだけでなく、地域の店の「材料」にもなれる

もう一つ面白いのが、チョコレート工房が完成品メーカーであると同時に、地域の食品事業者への素材供給者にもなれることです。

チョコレートやカカオニブを、パン屋、ケーキ屋、クッキー屋、アイスクリーム店、カフェなどに提供することができます。

地元のクラフトチョコを使ったパン。

カカオニブ入りのクッキー。

地元のチョコレートを使ったアイスクリーム。

カカオを使ったドリンク。

さらにカカオハスクやニブを使って、クラフトビールを作ることもできます。

藤野良品店でも以前、地元のJazz Brewing Fujinoさんとカカオを使ったビールを作ったことがあります。

一軒のチョコレート工房から、パン、ケーキ、アイス、ビールなど別の商品が枝分かれしていく。

そう考えると、クラフトチョコレート工房は単なる「チョコレート屋」ではなく、地域の商品開発の素材やアイデアを提供する存在にもなれます。

「作っているところ」そのものが人を呼ぶ

Bean to Barは製造工程そのものも面白い食品です。

カカオ豆を選別し、焙煎し、砕いて殻を除き、メランジャーですり潰す。

チョコレートになる前のカカオ豆を見ること自体、ほとんどの人にとって珍しい体験です。焙煎中には香りも広がります。

この製造現場を、あえてお客さんに見せている店があります。

Dandelion Chocolateさんの蔵前店では、製造工程を間近に見ながらチョコレートドリンクやスイーツを楽しめます。目黒にあるgreen bean to bar CHOCOLATEさんでは、創業時から「見えるチョコレート工房」を掲げ、ガラス張りのラボを作っています。沖縄のTIMELESS CHOCOLATEさんも、製造工程を眺めながらカフェを楽しめるファクトリー店舗を運営しています。

横浜のショコラ房さんも、大きなガラス窓のある工房併設型の店舗で、Bean to Barの製造風景を間近で見られるようにしています。

南紀白浜のK型 chocolate companyさんでは、Bean to Bar工場にカフェを併設し、そこでチョコレートを使ったスイーツやドリンクを提供しています。

青梅のチョコレート工房ZENさんは、古民家を改修した小さな工房でチョコレートを製造・販売しています。店では産地ごとのチョコレートを食べ比べたり、カカオ茶や季節のカカオドリンクを楽しんだりすることもできます。大きくて新しい店舗を作らなくても、古い建物と小さなチョコレート工房を組み合わせることで、「そこを訪れてチョコレートを味わう」という体験そのものを作ることができます。

これは単に「工場見学ができる」という話ではありません。

工房そのものが、カフェの集客コンテンツになるのです。

製造設備が店の裏側に隠れるのではなく、店の魅力になる。

製造を見て、カフェで食べ、気に入った板チョコを買って帰る。

さらにワークショップを行えば、「見る」だけでなく「体験する」観光商品にもなります。

製造、飲食、物販、観光、体験を、一つの小さな場所に重ねられるのはクラフトチョコレートの面白いところです。

地域おこしは「地元産100%」でなくてもいい

クラフトチョコレートを考えると、もう一つ興味深いことがあります。

日本では、一部を除けばカカオそのものを地域で生産することはできません。

つまりBean to Barは、基本的に海外のカカオ産地との関係から始まります。

一見すると、地域商品としては弱点のようにも見えます。

でも、本当にそうでしょうか。

尾道・向島のNahui Xocolatlさんは、チョコレートを「カカオ×アーティスト×生産者」のコラボレーションとして捉え、タンザニア産カカオなどを使いながら独自の商品世界を作っています。

山口市徳地のtete Bean to Bar Chocolateさんでは、地元出身の作り手が世界各地のカカオ産地を訪ね、その豆の個性を徳地から発信しています。

海外から良いカカオを持ってくる。

そこに地域の素材を合わせる。

地域の人が焙煎する。

地域のアーティストがデザインする。

地域の店で売る。

それでも十分に「その地域にしかない商品」になります。

むしろ、

世界のカカオ産地と、日本の小さな地域をつなぐ。

そこにもBean to Barならではの魅力があります。

地域に「仕事」を作るという側面もある

地域おこしは、観光客に商品を売ることだけではありません。

地域に新しい仕事を作ることも重要です。

Bean to Barには、カカオ豆の選別、焙煎、粉砕、包装、販売など、さまざまな工程があります。

横浜のショコラ房さんでは、障がいの有無に関係なく働ける場としてBean to Bar工房を運営し、チョコレートや焼き菓子の製造販売につなげています。

もちろん、これはすべてのチョコレート工房が同じ形を目指すべきだという話ではありません。

ただ、小さな製造業が地域に生まれれば、そこには製造、販売、デザイン、観光、飲食などの仕事も生まれます。

商品そのものだけでなく、その周囲に生まれる仕事まで考えると、地域への波及はもう少し大きくなります。

もちろん、作れば売れるわけではない

ここまで良いところを書いてきましたが、クラフトチョコレートは決して簡単な商売ではありません。

カカオ豆の国際価格、為替、輸送費の影響を受けます。

夏には売上が落ちやすく、温度管理や冷蔵配送も必要になります。

小規模だからこそ、一枚当たりの製造コストは高くなります。

そして何より、どれだけおいしいチョコレートを作っても、売る努力をしなければ売れません。

実際、日本のBean to Bar工房の中にも、数年間営業した後に店を閉じたところがあります。

小さく始めやすいことと、長く続けやすいことは別です。

地域の名前を付ければ高く売れるわけでもありません。

地域素材を入れたからおいしくなるわけでもありません。

最終的には、商品そのものがおいしく、買った人がもう一度食べたいと思うことが必要です。

そのうえで、地域性や物語が価値を加えてくれる。

順番はそこだと思います。

「小さい」を強みにできる食品

こうして考えてみると、クラフトチョコレートと地域おこしが相性のいい理由は、「小さいことを強みにできる」からなのかもしれません。

大きな工場がなくても、小さく始められる。

大量生産しなくても、品質やユニークな味で勝負できる。

量の少ない地域素材でも商品にできる。

地域の素材だけでなく、食文化や風景まで商品に取り込める。

小さな棚があれば、地域の店にも置いてもらえる。

パン屋、菓子店、アイス屋、ブルワリーなど、周りの事業者にも広げられる。

古民家など地域にある建物を活用し、小さな工房そのものを人が訪れる場所にすることもできる。

地域おこしというと、大きな観光施設を建てたり、大量の商品を全国販売したりすることを考えてしまいがちです。

でも、小さな地域には、大量生産には向かないけれど面白い素材や技術、人、建物がたくさんあります。

小さく始めて、小さな地域資源を拾い上げ、それに高い価値をつける。

クラフトチョコレートは、そんな地域おこしと、とても相性のいい商品なのだと思います。